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公共経営の「これまで」と「これから」(2) (新)公共経営論の起こり

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

いまではすっかり定着した‘公共経営’という用語ですが、この言葉が世に出始めたのはいつ頃からだったでしょうか。公共経営の語源は英語のpublic managementの訳ですが、managementにpublicが付けられ、またそれにnewがどのような経緯でいつ頃に冠されたのか、探ってみましょう。

現在、われわれが使っている公共経営という用語は、1980年前後からニュージーランドや英米などアングロサクソン諸国を中心に公共部門で実践されてきた経営的手法について、新公共経営(new public management:NPM)として政治行政等の学会で議論されてきたものに由来しています。今ではnewではなくなりましたが、public managementはpublic administration(行政)とともに20世紀前半には米国など都市の行政組織のあり方や行政サービスの測定などが行われ議論されていましたので、ここでnewが冠されました。

public managementとpublic administrationの議論について詳細に探れば、19世紀末に行政関係の学会が米国で誕生しmanagementに関する議論もありましたのでそこまで遡れるかもしれませんが、今日に繋がる研究としては20世紀に入ってからとみるべきでしょう。例えば今日の事務事業評価に関する研究は、米国の行政学者C・リドリーとH・サイモンが1938年に発表した論文「Measuring Municipal Activity(自治体活動の測定)」で図書館や消防サービスの行政コストの測定を試みています(日本語版『行政評価の基準』)。行政サービスの効率性を問題とし測定まで踏み込んだ研究は、NPMの先鞭を切っていました。またこうした政府の効率性を求めた取組みは、1960年代に米国連邦予算にプログラム予算(PPBS)として実践されました。しかし組織管理や統制などpublic administrationの問題から広がりはみませんでした。

再びpublic managementが1970年代後半頃から議論が盛んになったのは、スタグフレーション下で積極財政を進めてきた主要国が財政的に行き詰まりとなったことが背景にありました。政府丸抱えの福祉国家は財政赤字に見舞われ、民間へ依存せざるをえなくなりました。こうした危機に直面して政治経済学会などでは様々な対処方法を提示してきました。よく知られたところでは、積極財政を批判してきた反ケインズ経済学派からはサプライダ―(供給重視派)、マネタリスト(金融政策重視派)、ネオリベラリスト(新自由主義派)などが生まれ、積極財政はことごとく否定され小さな政府論へと向かいました。

こうした流れの中で生まれたNPMのアイデアは、英国の行政学者C・フッドによると、新制度派経済学と公共部門における(企業的)経営管理主義(managerialism)の‘結婚’に由来すると説明しています(1991年に発表した論文「A Public Management for All Seasons?」による)。新制度派経済学は従来の合理的な市場分析とは異なり不確実で不合理な現実的制度を前提に官僚機構や行政組織の分析に用いられ、競争原理、利用者選択、透明性などのアイデアがここでは提供されました。また企業的経営管理主義は専門家による経営(運営)や結果にコミットした裁量権限の付与などが改革に際して役立てられました。

C・フッドは前述の論文でNPMの特徴を次の7つにまとめています。(1)専門家による管理、(2)明確な基準による業績測定、(3)アウトプットによる統制、(4)組織単位への移動、(5)競争市場への移動、(6)民間の経営実践の重視、(7)資源利用の規律と節約の重視、です。これらのうち、(2)は行政評価・事務事業評価として実践され、(3)は産出から成果志向へと向い、また(5)は市場原理が現業から行政事務まで幅広く導入されてきました。ここには経営管理主義が色濃く表れています。

以上のような広範な特徴をもつNPMは、普遍的(for All Season?)なアイデアなのかの問いもありました。たしかにNPMは行政の一般的な枠組みを前提にまとめられましたが、NPMが同じように普及していったわけではありません。アングロサクソン諸国でも英国やオーストラリアでは行政が“自由な経営”に向かい、ニュージーランドでは政治的な“選択の自由”が先行していったとC・フッドは述べています。わが国でこれまでの軌跡を振り返ると、英国流の方向を目指してNPMの改革が進んできたのではないでしょうか。

こうして世に登場し普及してきたNPMは、それ以前の旧来の行政の特徴と対比すると分かりやすいです。旧来の行政をOld Public Administration(OPA)としてNPMと対比すると、行政はトップダウンの階層的な機構であるに対して現場主導の分権的な機構であり、政府の役割は‘漕ぎ手’に対して‘舵取り手’となり、また政府の公益の概念は法の規定であったものが効率性を求めるようになりました。企業志向の政府の誕生です。

わが国でNPMによる行革の多くは1990年代に入ってから実施されてきました。NPMの議論は1980年代に認知していましたが、わが国は実施段階で政治的ラグがあり遅れをともないます。もちろん否定的な面だけを捉えているわけではありません。実施状況を判断しながらその成否を見極めることも重要です。実際にNPMの負の側面が1990年代に入って現れてきました。

次回はわが国が取組んできたNPMの改革をサーベイし、その次にNPMの負の側面を論じてみます。

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