コラム

自治体財務書類の活用を英国の実践から考える(3)英国自治体の公会計制度と財務諸表

2019.05.14

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

3回目の今回は、英国自治体ですでに定着している企業と同様の財務諸表(Financial Statements)がどのような公会計基準でどのような内容で作成されているかを紹介しましょう。

1990年代からの公会計改革

文献によりますと、英国のいくつかの都市では1850年頃に複式簿記に発生基準(主義)が用いられていたとあります。この時期は産業革命を経て大英帝国が隆盛を極め有限責任会社の台頭とともに簿記会計技術が進展し、大きな都市の公会計も監査の整備とともに影響を受けてきました。しかし英国の公会計制度が現金主義から発生主義に改められるのは1990年代に至ってからです。ここでは公共経営(NPM)の影響で政府の‘市場化’が進められましたので、公会計制度も企業会計(発生主義)化へと必然的に改革されました。企業会計化の動きは英国のみならず欧米から途上国まで広まり、これまで60か国以上で改革が実施されたとの報告もあります(PwCの推計)。わが国もその動きに呼応して官庁会計は公会計へと呼称を変え、総務省は2001年頃から財務書類(総務省の呼称)の作成を自治体に促してきました。しかし法的には規定されていないので、わが国では公会計改革は未だ実施されていないことになります。

民間と公共の会計は同じという考え方:セクターニュートラル

英国の公会計制度の特徴は、現在はニュージーランドやオーストラリアと同様に企業会計と同じ国際財務報告基準(IFRS)を考慮した政府財務報告マニュアル(FReM)に基づいています。ここでは公共部門と民間部門は同じというセクターニュートラルの考え方です。これに対して米国は両部門は異なるという考え方です。国により公会計の扱いに違いがありますが、いずれも企業会計への接近は同じですが発生主義会計の取込み方に違いがみられます。具体的には完全又は修正発生主義の違いです。完全発生主義の英国公会計制度は、すべての資産を認識し決算のみならず予算も国は3年程度の予算フレームである「歳出見直し(Spending Review)」をもとに予算マネジメントを実践しています。地方も含めて予算は経常会計(Revenue Account)と資本会計(Capital Account)の複式で経理しています。しかし予算マネジメントを実践しているといっても問題も指摘されています。マネジメントの要でもある事業評価の業績指標については費用対効果等の問題で2012年に国・地方ともに廃止されました。この背景には政府の一般会計で提供される公共財サービス(純公共財)の評価困難性や発生主義の公会計への適用に問題が指摘されてきたこともあります。

専門機関の存在

公会計は公共経営のために企業会計へとシフトしてきましたが、企業会計を読み込むにはある程度の専門的知識が必要です。英国では自治体の財務会計に関する専門機関として勅許公共財務会計士協会(CIPFA)がすでに130年前に第三者機関として設置されています。その今日の役割は地方公会計に関する規則の設定や情報の提供、職員の教育などです。自治体が財務諸表を作成する際にはCIPFAの規則等を順守することが規定されています。また自治体では財務諸表を作成するのは財務担当者として採用された公会計の専門家です。CIPFAはそうした専門家の教育も行っています。英国ではわが国のように定期的に部署を移動することはないのでつねに専門家が財務書類に携わっています。わが国でも公会計改革の機運が高まった際にCIPFAの機能を公認会計士協会などで担ったらどうかという議論がありましたが実現していません。専門性の高い決算書の作成と利活用は専門家が不可欠のように思います。

自治体の財務諸表

世界に先んじて公会計制度を整備してきた英国では、国と自治体に公的企業を連結した全政府の決算書も作成し政府全体の財政状況を公表しています。これらの公会計はIFRSを基にしていますが自治体ではCIPFAが毎年公表する会計実務規則(COPLAA)に準拠することが求められています。2018年のCOPLAAによる財務諸表は以下の4つです。(1)包括収支計算書(Comprehensive Income and Expenditure Statement)、(2)積立金変動計算書(Movement in Reserves Statement)、(3)貸借対照表(Balance Sheet)、(4)資金収支計算書(Cash Flow Statement)、それに注記事項(Note to the Accounts)です。わが国の財務書類と比較しますと(3)と(4)は同じですが、(1)は支出ごとに対応する収入を控除して純額を示しています。わが国の支出のみを計上する行政コスト計算書とは異なっています。(2)はわが国でも問題となりました積立金の年度中の変動です。以前は(3)の後に置かれていましたが英国でも積立残高が多くなり財務省が議論しています。いずれの計算書も前年度の数値が比較のため併記されています。

バーミンガム市の財務諸表

具体的な決算書を紹介しましょう。ここでは英国第2の都市バーミンガム市(人口約1百万人で1層のみ)の事例をみます。同市は筆者が毎年調査等で訪問し財政事情等知っているので選びました。2017年度(2017年4月-2018年3月)の決算報告書(Statement of Accounts)は外部監査人の報告書を含めて234ページです。わが国の同規模の決算書(一般会計歳入歳出決算書等)もほぼ同じかそれより多いでしょうか。しかしわが国の決算書はそのほかに、地方財政状況調査表と財務書類も作成しているので分量は多いはずです。決算書をみますと、前文に続いてコア財務諸表として前述の(1)から(4)に注記事項があります。次に補足財務諸表として(1)公営住宅経常会計収入支出決算書、(2)公営住宅経常会計変動決算書、それに注記が記載されています。さらに徴収基金収入支出会計と注記があり、最後に事業会計などグループ会計を含めた5つの財務諸表がまとめられています。それぞれ説明が必要な数値には注が付けられ注記で説明されています。図表等を使った解説文は挿入されていませんのでまさに専門家仕様です。決算報告書の全文はHPに掲載されているのでだれでも見ることはできますが、要約や解説書は見当たらないので一般市民は意識していないと言えます。次回は活用状況について紹介します。

関連コラム

カテゴリー一覧へ戻る