コラム

自治体財務書類の活用を英国の実践から考える(4)英国における財務書類の活用と環境整備

2019.07.26

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

英国の地方財政と公会計の解説を3回にわたって述べましたので、今回と次回の最終回で本題の英国での財務書類の活用状況と最近の議論から新たな決算(報告)書を紹介します

予算マネジメントの枠組みと財務書類

英国の国の予算は1999年度から始められた3年度(ないし4年度)の予算マネジメントの枠組みである「歳出計画(Spending Review:SR)」において、中央・地方・公的企業を含めた3年度の歳出限度額を経常・資本別の予算として発生主義会計で計上し政策目標と業績指標で2年度ごとに見直しを行いながら、いわゆるマネジメント・サイクルを機能させて運用してきました。2010年に政権が交代して「歳出計画」は評価制度が変更され新たな予算責任・会計検査院法により中長期の財政・公債管理政策とともに運用されています。ここでは緊縮政策を最優先にして実質的な歳出削減とともに評価による管理を進めています。自治体では「歳出計画」のような複数年度予算の枠組みはありませんが、それぞれで設定している指標で業績管理によるマネジメント・サイクルを機能させているところもあります。

このマネジメント・サイクルで財務書類に求められる役割は、企業会計と同じく4表の相互関連から得られるストックや発生コストを含めた決算情報が業績測定等に活用されることです。マネジメント・サイクルでは政策目標を設定し業績指標をもとに評価しながら次の政策に反映させていくわけですが、財務書類はそこに企業会計と同様の会計情報を提供します。英国では2000年に資源予算会計法を制定し発生主義の予算を開始し、2010年からは公会計基準をIFRSに収斂させましたので可能です。わが国でも公共経営の考えから行政のマネジメント志向が浸透し発生主義会計の利活用がテーマとなっていますが実際には公会計改革は実施されていないため、企業会計原則の「正規の簿記の原則」が要請している複式簿記は便宜的な期末一括で処理されているため会計情報は「真実性の原則」も満たしていないかもしれません。

健全財政のための会計制度

英国の公会計制度は国は会計・報告オンラインシステムが整備されています。これにより月次で予算執行状況が把握でき発生主義の会計情報が時間を待たずに政策に反映される仕組みができています。自治体でも筆者がヒアリングした自治体では4半期決算が行われその情報が議会と行政で共有されています。予算決算は複式会計であるので企業会計原則の「資本取引・損益取引区分の原則」も満たしていることになります。

会計原則はさておき、英国の自治体は安全な財政運営が義務付けられそのため、①均衡予算の要件、②財政部長の権限、③外部監査人の責任が定められています。このうち②の権限は、現金収支が期末までに赤字が見込まれる場合には財政部長は直ちにそのことを公表する義務が課されています。公表されると議会は適正な対応が求められ、外部監査人により適正と認められるまで福祉等を除いて一切の支出がストップされます。この権限による公表は1988年地方財政法第114条通知と呼ばれていますが、昨年にこの事態がある自治体(Northamptonshire County Council)で発生し住民が議会に抗議したことがニュースになりました。この問題は財務書類の活用というよりも会計収支バランスが常時にオンラインで把握できることで権限が果たせているわけです。財務書類もそうした会計制度が整備されているからこそ信頼のある情報として活用することができ厳しい執行もできるわけです。

活用は財政規律の維持と財政健全化

国は2010年まで自治体に多くの業績指標の作成を義務付けて業績評価をもとに自治体間の効率性や有効性などを競わせていました。包括的業績評価制度(CCT)は種々の指標をもとに自治体を5段階で評価して国は評価レベルに応じて優遇と懲戒を措置していました。これは現在は廃止されましたが自治体では引続き財政健全化を維持するために地方自治法(Local Government Act 2003)の要請等で安全指標(Prudential Indicator)や財政健全指標(Financial Health Indicator)を設定して公表しています。これらはわが国の自治体財政健全化法と同じように、起債の限度額等に関連した指標で資産・負債額をもとに算定されるものも含まれているため財務書類の情報が必要となります。財政健全指標には流動資産に対する流動負債の比率(年1~3倍以内)や純経常予算に対する積立金の比率(年2%以上)などがあります。ここで比率として計算される財務書類からの数値は以前にも述べましたように、CIPFAが毎年公表している会計実務規範等に準拠して作成されますのでわが国の健全化判断比率のように法定化されたものと同じです。ただしこれらの指標については起債制限等の判断基準は設けられていませんが、比率が悪化して財政規律を危うくすると外部監査人が評価すればその旨指摘されますので実質的には財政健全化は保たれることになります。英国の地方財政も財政健全化が法律等で義務付けられ期中を含めてフローとストックでチェックする仕組みが備えられています。

財務書類は管理会計での活用

英国の決算書は財務書類のみですが財務会計として対外利用者向けの活用としてみれば、一般市民向けに工夫して公表しているような事例はほとんどみられません。かつて自治体では季刊で広報誌のようなものを発行して地方税等に関する情報を載せていたこともありましたが現在は財政的な制約もありほとんど見かけません。わが国のように住民向けにイラストなどで分かりやすく解説した財務書類の概要などは寡聞にして聞きませんし、住民も一般的には興味をもっていないようです。したがって財務書類は政府の説明責任の向上としての活用よりも、管理会計として議会(行政)での意思決定等に関わる会計情報としての活用が専らといえます。公会計の専門家によってまとめられる詳細な財務書類は、予算編成に関わる議員とそれをサポートする行政の担当官で活用しています。この件に関してヒアリングした自治体(Cornwall Council)では、財政部長はもちろん公会計士の資格をもち議員(当時副議長)は財務書類等の会計情報を参考に政策決定を進めていました。英国ではわが国の議会と行政の機能と権限が異なりますので財務書類の活用場面も違っていますが、現状をよく認識したうえで活用を考える必要がありそうです。

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