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公共経営の「これまで」と「これから」1 公共経営をめぐるストーリーのはじまり

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

このコラムを1年間担当させてもらいます明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授の兼村高文です。この公共政策大学院は学部の上に設置される研究主体の大学院とは異なる専門職大学院で、公務員・議員・シンクタンクなど公共政策に関わる職業人を主に対象としたスキルアップのための大学院です。そこでの講義内容などを交えながら、本コラムを書き進めてみたいと考えています。

コラムのテーマは‘公共経営’です。公共経営という言葉は、public managementの訳ですが、すでに日本語として定着し、公共に関わる人のみならず、多くの人がその言葉をほぼ同じ意味で理解しているように思われます。また公共経営の重要性は公共と民間の双方で認識し、公共(主に政府)といえども民間の経営感覚を持つことは今日では等しく理解しています。これほど多くの関係者が1つの言葉を共通の認識を持って受け入れて、実践している例はそれほど多くないでしょう。

ここまで受け入れられてきた公共経営は、多大な影響を公共にもたらしてきました。米国の実務家D.オズボーン等は政府の役割を見直した『行政革命』(Reinventing Government)や賢明な意思決定を論じた『財政革命』(The Price of Government)などを著し、公共経営が政府に革命をもたらすことをまとめています。わがくにでも1990年代ころから、『ニュー・パブリック・マネジメント』(大住荘四郎著)等の公共経営に関連する出版物が書店に並びました。これらは行政の現場で実践されてきた民間経営の手法や考え方をまとめたものでした。

確かに、内外で公共経営が行政に‘革命’をもたらしてきたとは確かでしょう。黒澤明監督の「生きる」に映し出されていた行政マンと市民の関係は、いまやあり得ない光景になりました。お上であった政府は、公共サービスの生産者(調整役)となり、お上の僕であった市民はお客(顧客)となって立場が逆転しました。三波春夫が聴衆に向かって‘お客様は神様です’のフレーズさえ引き合いにされます。まさに公共も民間と同じ‘顧客主義’が定着した感があります。

顧客となった市民にとって、公共経営から実践されてきた‘革命’は、だれも否定はしないでしょうし、むしろ一層の推進を望んでさえいます。公共経営を基本とした行革は、不断の実行が今でも求められています。行政評価や事務事業評価とともに進められる行革は、その内容が簡略化されてきたとはいえ、廃止したケースはほとんど聞きません。なぜなら、公共経営で非効率のレッテルが貼られた政府は、行革という監視を怠るとすぐに映画「生きる」の場面に戻ってしまう懸念が市民の中には残っているからでしょう。

かくも世界中の公共のシーンを一変させた公共経営とは、いかなることを意図し、公共にどのような作用を与えて実践してきたのでしょうか。われわれ市民生活にも大きな影響をもたらしました。そこにはプラスと評価できる面がある一方、マイナスとなるシーンもあります。多くの公僕が親切になり市民の意見にも耳を傾けてくれるようになりましたが、公共サービスでありながら特定の受益者が登場し‘無駄’と判定されたサービスはカットされるようになりました。

これは公共と経営の矛盾が露呈してきたからにほかなりません。公共経営によって進められる市場化は、もともと公共における市場の失敗の場面に民間の市場を持ち込むのですから、論理矛盾ともなるわけです。ただし、公共と民間の境は曖昧であり、公共サービスが社会保障までカバーするようになると、それまでの公共サービスの多くは準公共サービスという範疇に分けられて、公共経営による改革の対象となりました。さらに公共事業や警察、教育など純公共サービスとして定義づけられていたサービスにも、財政の問題から公共経営の洗礼を受けるようになりました。

このことは政府のガバナンスのあり方(統治論)とも関わって論じられてきました。ガバナンスの言葉は公共経営と異なり、多様で曖昧で人によって理解は異なっています。しかし、公共を語るには公共ガバナンスの議論を避けることはできません。なぜなら公共の決め事(政策や予算など)は、最終的には民主的に決められなければならないからです。財政民主主義という言葉があります。政府の経済活動を決める予算は、議会の議決によってのみ執行が認められます。公共経営が経済効率性をベースに論じられるのに比して、公共ガバナンスは民主性が基本です。公共の問題は、経営より民主が優先されるべきことを認識しておく必要があります。

本コラムで改めて公共経営という言葉について、その誕生から普及、実践、今後の動向などをガバナンスという言葉とも関わりながら、論じてみたいと思います。次回以降、どこまでその言葉の本質をストーリーとして語れるかわかりませんが書き進めてみます。

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