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公共施設マネジメントコラム⑩「右脳と左脳と公共施設マネジメント」

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー 池澤 龍三

巷ではよく右脳派人間なのか、左脳派人間なのかと言われることがある。腕を組んだ時に、どちらの腕が上に来るかで、その人の利き脳が分かるとのこと。右腕が上に来る人は左脳の働きがよく、論理的で判断力に優れているタイプ。 一方、左腕が上の人は右脳の働きがよく、直感的で創造力に優れているタイプとのことである。 

ちなみに、一般的に男性は女性に比べ右脳が発達し、女性は左脳が発達しているとも言われる。これは男性が立体に対する空間認識に優れ、女性が言語能力に優れていることを物語っているとのことである。

かつて自治体職員として働いていた時に、このことを公共施設マネジメントの取組の中で経験したことがある。

それは、東日本大震災後の全庁的な節電対策を行った時のことである。読者の皆さんも覚えていることと思うが、3.11直後の関東地方は電源の供給がままならず、地域によってはピーク電力をカットするため、計画停電をも余儀なくされた時があった。それは、個々の住宅や民間施設だけを対象としたものではなく公共施設も同様であった。私も自治体職員として、その節電プロジェクトの任に就いていた。プロジェクトチームでは、照明器具の節電からパソコン等の待機電力の節電、さらには庁内にある冷蔵庫の総量縮減・再配置計画に至るまでを実施し、大きな成果を上げることができたのである。

その大きな成果を上げることとなったプロジェクトの合言葉は、「あったらいいなは、なくてもいい」であった。これは、山登りをする際に、素人の人ほどあれこれ心配し過ぎるために持参する荷物が多くなり、結果、重量が大きくなってしまうため、かえって付加が掛かってしまい登頂できなくなってしまうという現象を、自然と打ち合わせの中から職員が気付いたことから発せられた言葉であった。玄人は工夫することにより最小限・最低限の荷物でやり繰りをし、結果、体力の消耗を回避することによって登山を成功させている。つまり持続可能な態勢で登り続けているのである。節電に際しても、目の前に冷蔵庫があれば、それを使えば非常に便利であろうが、隣り合わせ同士の課で一つ一つの専用冷蔵庫を保有している必要はない。冷蔵庫を建物(ハコモノ)に置き換えて考えてみれば、隣同士に図書館や学校、公営住宅があった場合、まさに持続可能的に登り続けられる態勢(体制)とはどのようなものかと考え続けることが、公共施設マネジメントの基本姿勢と言えるのではないだろうか。キツイ言い方であるが、当時プロジェクトチームのメンバー間では、「たかが冷蔵庫と言うなかれ。冷蔵庫の再配置(全体最適化)さえできなくて、何が公共施設の再配置か。」と言い聞かせていたことを思い出す。

再配置計画という一見非常に論理的判断力により構築されていく思考過程においても、実際に動かす段階において表現されるビジョンとしては、「あったらいいなは、なくてもいい」という言葉のとおり、非常に人間臭く直感的創造力に訴えるものであったりするのではないだろうか。右脳派・左脳派、どちらに優位性があるかということではなく、両者がコラボすることが重要なのではないだろうか。

この論理的・直感的という二極論に似た現象が、ファシリティマネジメント(以下、「FM」という。)の世界にはもう一つある。

日本におけるFMの定義は、公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)においては、「企業・団体等が保有又は使用する全施設資産及びそれらの利用環境を経営戦略的視点から総合的かつ統括的に企画、管理、活用する経営活動」と定義されている。これは現時点における日本を代表するFMの定義と言える。この考え方の出発点には情報の収集・分析等かなり工学的な視座からの効率性や合理性を求める、いかにもアメリカっぽい発想があるように感じる。

一方、私の知る限り、FMにはこの理科系で論理的なFMの外に、ヨーロッパ、特にオランダの大学等で教授されている文科系のFMが存在すると思っている。そこでは建築や設備等の技術を極めるという形態のものではなく、「ファシリティ」は広く「サービス」と捉えられ、ホスピタリティの視点からの具体的解決論が主流にあると理解している。

前者のFMが工学部系の学問を根底にしているのに対し、後者は家政学部系の学問を出発点にしていると聞いたことがある。詳しい学術論は分からないが、大切なのは、今我々が日本において取り組んでいるFM(公共施設マネジメント)のロジックは、あまりにも工学部系視点からの評価項目のみに頼り過ぎ、かえって個別計画を策定する障害になっているような気がしてならないのである。数値化することにより問題点を可視化させることは非常に重要であるが、数字からのみ答えを計りだそうとすると、文字しか見えて来ず、そこにはビジョンという絵柄が出て来ないのである。個別計画が描けないのである。

ここでも、今後の個別計画策定には、先にもふれた論理的判断力と同時に、直感的創造力が必要であることが物語られているように感じられるのである。

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