コラム

公共政策&行政改革コラム②「アリバイ型の市民合意から市民参加型行政システムの創設へ」

2016.09.01

ジャパンシステム株式会社 公共政策・行政改革ディレクター 山中 光茂

行政が事業を進めるうえで、可能な限り混乱が起きないようにしたい。これはいうまでもない当たり前のことのように思えます。ただ、行政が求める「混乱の回避」は「物事が決まるまで」の混乱の回避であり、市民の皆さんや関係者との「物事が決まった後の混乱」に対してはあまりにも無頓着に扱うことが多いのが「行政の常識」なのです。

行政としては、市民からの反対の声より直接的に最初に聞こえてくる反対は「議会」です。議会から「決めるまでに市民の声を聞きましたか」と聞かれることへのアリバイづくりのために様々なシステムを創ります。「審議会」「検討会」「パブリックコメント」といったものです。これは、市政でも県政でも国政でも日常に使われる手法です。

行政側にとって「都合のいい意見」を出してくれる利害関係者の一部にガス抜きのような場を与え、そしてほとんどの市民が気づかない時期に十分な広報をしないままに意見募集を行う、そんなプロセスを経て、しがらみの強い多数派議会のメンバーのご機嫌をとりながら「市民の合意を取り付けた」というアリバイにつなげるのです。

松阪市においては、「審議会」「パブリックコメント」「多数派議会」を通じた市民合意という行政にとって都合のいいまやかしで終わることなく、重要案件の決定前には必ず市民公開の場での「シンポジウム」「ワークショップ」「現場視察」「事業者選定の公開コンペ」などの「普通の市民」や「行政に都合の悪い利害関係者」を巻き込んだ「対話」を繰り返し重ねていきました。方向性を決定する前に「混乱」を創りだすのです。

行政としては、正式に決定をする前に「混乱」を起こすことは面倒くさいことでしかありません。それでも、市民や街の未来からすれば、決定後に不満や混乱を創られるよりは、知らないところで決められる前に混乱のなかで「対話」をできる機会が創られることに大きな意味があるのです。

10年前の松阪市では、100億円規模の松阪駅前の再開発、70億規模での市庁舎の立て替え、市有地を売却しての山間部での風車事業の推進、20年間赤字が続く市民病院での5億円の高額CT、過疎地域での保育園の民営化など、市の今と未来を大きく決定していく事業内容と財政規模にも関わらず、多くの市民に知らされないままで行政と多数派議員、一部の利害関係者の合意のなかで進められていました。

国政における大きな問題とは異なり、地方都市における地域の課題は市民にとっての重要案件であってもなかなかメディアなどでとり上がることもありません。そして、多くの市民にとってはいつのまにか事業内容が決定して、進んでしまってから「説明会」というかたちで「新たな街の現実」を知らされるのです。

私が就任する前に既に議会の承認も得ていた上記の松阪市における事業計画の決定に対しては、決まった後に住民訴訟や地域や各種団体の反対運動が起こるなかで、結果としては事業推進が滞ってしまう現実まで生まれてしまいました。

行政と議会としては「市民合意を得た」という「アリバイ」を創ってきたはずなのに、現実としての市民はそれを合意とは認めていなかったのです。

すでに「建て替え」という方針が決まっていた市庁舎については、ゼロベースからの対話をすることに差し戻しました。市民との対話の繰り返しや様々な事業者からの情報の確認、そして最後には市民公開の場での事業者からの「提案型のコンペ」を行うことで、「開けた対話」のなかで街の未来をみんなで考える場を創りつづけました。そのことにより、当初は建て替えなら70億、耐震でも40億かかるといわれていた事業が、結果として4億円という額での耐震が可能であることが確認をされ、市民にも大きな関心をもっていただきながら、税金の節約も果たすことができました。駅前の再開発も、風車事業も保育園の民営化もすべて、ゼロベースに議論を差し戻して、様々な主体との「対話」のなかで、多様なシミュレーションを提示して、異なる価値観の市民同士が決定前に話しあう機会を繰り返し創りました。それにより、行政と議会がトップダウンのようなかたちで傲慢に決めるのではなく、多様な市民同士も、行政と市民同士も「対話」をしながら、進めていくことができました。すべてのシンポジウムやワークショップ、公開コンペなどにおいては、行政の統括責任者である私が議論のコーディネーターを務めながら、関係部局の行政職員や有識者も交えて、議論の結論まで時間軸の制限も設けることなく、その問題に対して市民の関心が深まり、意見の相違による「混乱」が収束するまで十分な議論をしつづける行政システムを行政で内部化をしていきました。

この推進方法は、決して松阪だからできたものではなく、従来の「審議会」「パブリックコメント」システムが全国の自治体に定着したように、真摯に各行政機関が取り組めば効率的な「市民参加型行政システム」としてどの自治体でも実現可能なものであると確信しています。

自らの街の今や未来に関わる重要な事業に対して、市民が関心を持ち、そこに自分たちが主体的に関わって創っていくことができる、その行政システムはまちづくりに携わる行政職員の意識の醸成と行政推進の効率化にもつながります。松阪における住民参加型の行政決定システムが多くの自治体に関心を持っていただき、それを更に発展させた市民参加の方式を生み出してきた自治体も近年においてはたくさん現れていることも嬉しいことです。

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