コラム

FM(ファシリティマネジメント)の視点から見たアジア諸国の建築ストック① 台湾の建築物の維持保全に関する歴史的・社会的背景

2017.11.20

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
首都大学東京助教 讃岐 亮

日本国内に限らず、海外に出ても、特定の建築を見学するため、あるいは街並みを記録・記憶するため、まち歩きの時間を設けている。端から見れば完全な観光者の一人だが、結構真面目に人や物や街を見ているつもりである。 数えるほどしか行ったことのない中国におけるまち歩きの経験と、この職に就いてから数多く体験してきた日本のまち歩きの経験から、台湾の街は中国的な雰囲気を感じさせつつも、どこか日本に通じる空気を感じるものと考えている。それは何も、レストランや屋台から漂う料理の匂いや、街を歩く人の顔つきのみではない。やはり、建築の表情、街の風景にも、それが漂っていると思う。 さて、その台湾を今回の話題に採り上げたい。以降数回にわたって、台湾における公共建築物の建設の歴史的背景や、事例紹介、運営に関する特殊な事情などについて触れていこうと思う。

台湾は19世紀末から日本の統治下に置かれ、第二次世界大戦後に統治が中国に映るまでの間、道路、港湾、鉄道、上下水道、電気、通信などのインフラが整備された歴史を持つ(この時代の建築物が残っているからこそ、日本人が台湾に訪れたとき、日本に通じるものを感じるのかもしれない)。戦後は40年以上にわたる戒厳令が敷かれた恐怖独裁の歴史とも言われ、その戒厳令が1987年に解除されて以降、台湾の自由化、経済成長がもたらされた。

こうした歴史の中で、他の国の例に漏れず、台湾でも多くの公共施設が建設された。そして、台湾では今、こうした公共建築物の維持管理の重要性について徐々に声をあげる人が増えている。特に台湾の建築の特徴として、タイル建築が多いことが挙げられるが、そもそもの施工不良や劣化に対する意識の低さから、タイルの落下がそこかしこで見られ、中には人に怪我を負わす事故になったり、死亡事故にもつながったりしている。あるいは、まだ記憶に新しい2014年の高雄市の地下ガスパイプラインの爆発事故により、インフラの劣化が事故につながるという意識ももたらされている。

こうした歴史的経緯は、日本も全く同様に歩んできた道である。日本の地方自治体が近年進めている公共施設マネジメントの「動機」は、どちらかと言えば財政逼迫という状況にある自治体が多い。無論、公共施設内で起こってしまった事故が元で、安全性担保という観点から公共建築の維持保全を進めようとした例も中には存在する。近年の例で言えば、たとえば公営プールの排水溝に吸い込まれて少女が亡くなった痛ましい事例や、2012年の中央自動車道笹子トンネルの天井版落下による9名の死亡事故などは、公共資産の管理者の法的責任を改めて知らしめた例であり、維持保全の重要性を知らしめた例と言える。こうした例を挙げれば限りないし、安全性という観点を有しない自治体やファシリティマネジメントの担当者はほとんどいないものと想像できるが、とはいえ、多くは財政健全化を目指して公共施設等総合管理計画を策定したはずである。

台湾も、他のアジア諸国と同様に、日本の経済成長、人口増加の歴史的経緯を後から追ってきた国家の一つと言える。そして、近年は、人口減少の時代にさしかかりつつあり、多くの建築物の劣化への対応が求められ、財政にも翳りが見えてきたという状況に、共通点を多く見出せる。ただ、公共施設マネジメントの考え方の普及は、日本と異なって、まだ「財政」を動機とする向きは少ないと感じている。喫緊の課題は、建築物の劣化であろう。

台湾営建署※1によると、1954年から2015年までに建設許可された建築物の床面積は、新築については1960年代末から大幅な成長が見られ、1981年および1994年にピークに達している。これは、経済高度成長期における台湾の人口増加、郊外部の都市化などの現象を反映したものと言えよう。ここから、建築物のライフサイクルを30年と仮定したとき、2011年および2024年を中心に、建築診断や修繕、改築の需要が大量に出てくると予想できる。

実際には、建築物一つ一つに改修サイクルの多少の前後はあるし、そもそも着工面積は各年で連続的に変化するから、確実にその年にピークがくるとは言えない。しかし一方で、「老屋新生賞」や「整建維護」※2といった政策的な更新の推進提案がなされたのは2011年であり、受け皿という観点から需要の存在が確認できるとも言える。また、台北科技大学の楊詩弘助理教授によれば、「ここ10年では、集合住宅市場の飽和によって、現在台湾に求めるのは、新築建築よりも、既存建築の再生、改善と寿命延長に長けた人材である」という。

実際、台湾の都市を歩いていると、歴史的建造物でありながら(台湾から見た)異国情緒溢れるお洒落なカフェが街角にあったり、かつて工場だった建物を全面改修して展示、食事、物販等に使える空間にコンバージョンした事例があったり、伝統文化・芸術を伝える文化発信拠点になっていたりと、様々なリノベーション、コンバージョンの事例に出くわす。そして、それらが多くの市民に親しまれ、特に若者が「お洒落スポット」として認めているのである。そういう点でも、台湾の既存建築再生は大きな時代の波となりつつあると言えるだろう。

※1:営建署とは、建設事業、公共事業及び国立公園の管理を担当する部署のこと。日本の国土交通省にあたる。
※2:整建住宅とは、台湾特有の公的住宅の一種である。蔣介石及び蔣経国政権のもとで、台北市政府は1962年から1976年の間に公共建設事業のために違法建築集落を撤去した。その移転先として用意された住宅が整建住宅である。

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