コラム

FM(ファシリティマネジメント)の視点から見たアジア諸国の建築ストック② 台湾の壁面部材の落下事故と対応

2018.01.17

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
首都大学東京助教 讃岐 亮

台湾の公共施設マネジメントが、財政を考えるものよりも「安全性」の観点から研究が進められていることは、前回のコラムで述べた。公共施設の話題に入る前に、この「安全性」について、もう少し掘り下げていきたい。

台湾は、地理条件から見ると亜熱帯地域に属し、かつ日本と同様に台風や地震といった自然災害も多い国である。特に湿度が高く気温の変化も激しいことから、建築物の外壁が熱膨張・収縮することで剥離・落下する危険性が高いと言われている。2016年1月の大寒波に見舞われた時(このとき、台北市では過去44年間で最も低い4℃を観測した)、台湾の各地で建築物の外壁タイルの落下事故が発生した。また、その2週間後の2016年2月に発生した台湾南部地震でも、地震の揺れによって外壁落下が数多く発生した。地震発生後に訪れた高雄市の街中では、予想していたよりも建物の倒壊や半壊といった被害は少なかったものの、ビルや住宅のタイルが剥がれ落ちた様子はそこかしこで見られた。

こうした台湾において、社会的に大きな衝撃を与えた2つの事例を紹介したい。まず一つは、2013年の台北市民権東路の「京華マンション」で起きたタイル落下事故である。たまたま通りかかった女児の頭部にタイルが落下し、後遺症等が残るほどの大けがを負わせたことも痛ましい。ただ、社会的にはこの後の法的責任の在り方について、社会に衝撃を与えた事件であった。

当初、落下した外壁のあった6階の住民に対して罰金刑が課されたが、その後の地検の捜査によって、落下したタイルは共有部分にあたるものであり、共有部分の管理者たる管理組合に責任があるとされた。しかしこのマンションには管理組合が存在せず、結果、マンションの住民全員が過失傷害罪で送検されることとなった。 これが衝撃の理由である。というのは、これが判例となれば、台湾全土にある集合住宅の住民が、共有部分の事故の訴訟に関しては起訴対象となってしまうことになることを意味するからである。また、前回のコラムでも登場した台北科技大学の楊詩弘助理教授によれば、この事故は、別の社会的変化ももたらしたという。それは、マンションの管理組合の設置が促進されたことである。同時に、これら組織を通じて、建築診断や管理の専門業者への需要も高まったとのことである。

楊助理教授の指摘には、以下のようなものもある。要約、整理して以下に記す。「これまで台湾では、住居の環境衛生に関する生活習慣の向上は、政府の国民教育、関連政策の推進や技術の進歩によってもたらされた。また、利用者負担の概念の普及に伴い、例えば共有部分の清掃などは住民全体が負担するという認識が定着し、それも現在の管理業者の主な業務となっている。しかし、外壁、構造部など様々な複雑な設備に関しては、認識定着はまだまだ進んでおらず、課題が残る。専門の管理業者に委託し、診断、補強を図るとか、住民による修繕積立金の拠出をするといった意識はまだ低いと言わざるを得ない。台湾では、公共建築でさえも、年間の建築維持管理予算が一般的に低く、民間ではなおさらである。建築のライフサイクル後半におけるケアへの関心が低いまま、社会は成熟、高齢化し、老朽建築は増える一方で、さらに建築物の高層化、高密度な居住形態に伴い、住民の関心は消防、エレベーター、水回りなどの機能に留まっており、外壁の安全、さらにその改善による景観の向上、建築物寿命の延長に繋がるという意識の普及が今後の課題である。」

この事故によって、台北市政府は外壁の安全性に関する啓発のため、2014年に「外壁装飾面剥離に関する修繕申請」に関する助成事業を作った。特定築年数以上の建築を対象とし、所有権者もしくは管理組合による申請を奨励している。また、この助成以外に、2013年から2014年末までに「台北市建築物外壁装飾面剥離対処計画」も策定し、市内の800件の外壁剥離リスクが高い建築物を対象として診断、登録を行い、その後の監督、改善を継続しているという。

もう一つの事例は、2015年の台北市の聯合新聞ビルの外壁石材の落下によって起こった死亡事故である。これは、外壁落下による最初の死亡事故だったこともあり、その点でも衝撃は大きかったが、市政府にとっては、これまでに行ってきた対策事業、施策が、建築物全体の老朽化、ひいては都市の老朽化に追いつけていないことを目の当たりにしたという点でも、衝撃が大きかったと言える。

それまでの対策対象はタイルのみであったが、この事故で落下したのは重くて大きい「石材」であった。石材の落下は構造体であるコンクリートの劣化が原因であると考えられるが、それについては目視確認では把握できないため、こうした診断技術の確立も喫緊の課題に挙がった。 これらの課題について専門家による議論を経て、市政府は「建築物外壁安全診断と申告管理弁法」を制定、外壁装飾面のリスクに関して専門業者に定期的に診断検査を委託し、その結果の申告を義務づけることとなった。

以上の台北市政府による対策は、新北市、高雄市、台中市等に広がっており、台湾における建築物の安全管理技術は徐々に浸透している。また、こうした経緯を踏まえ、台湾の学識経験者は行政と手を組んで、外壁落下リスクの高い建築物に関するデータベースを構築、それをGIS技術と結びつけて地図上で確認できるようなシステムも開発している。台湾では先端技術の普及が日本よりも早い印象があるが、このGIS技術についても同様で、行政や企業が提供している情報の多種多様さには、日本もおいて行かれている面があるほどであるし、それら技術を活用した建物の維持管理技術も実際に活用されている。こういった技術普及や政策への応用のスピードに関しては、日本も見習うべきところが多々あるだろう。

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