コラム

公共経営の「これまで」と「これから」(3) 英米に学んできたわが国の公共経営の取組み

2018.06.19

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

公共経営(NPM)をベースにした行財政改革の取組みは、英国ではサッチャー政権(1979-90:サッチャリズム)、米国ではレーガン政権(1981-1989:レーガノミクス)から始められ、またラディカルに取組んだ国としてニュージーランドのロンギ政権(1984-89:財相のロジャー・ダグラス氏が進めたのでロジャーノミクスと呼ばれる)があります。日本では中曽根政権(1982-87)で第二臨調の行革が民営化等を進め、その後の橋本政権(1996-98:橋本行革)と小泉政権(2001-2006:構造改革)でNPMの改革が実施されました。

わが国のNPMの行財政改革は、主に英米で始められた取組みを参考に進められてきました。実際に制度改革として地方自治体まで浸透したのは1990年代後半頃からでしょうが、NPMの改革はブームとなって役所のシーンを様変わりさせました。ここではNPMの改革について3つの視点―市場化(market-oriented)・協働化(partnership、co-production)・近代化(modernization)―から特徴的な取組みをまとめてみます。

1つ目の(行政組織・機構の)市場化は、NPMの核心で民間化と同じですがNPM改革が目指す‘小さな政府’のための民営化や民間委託、規制緩和等で経営志向の取組みです。取組みの中では、サッチャー政権誕生直後の1980年に導入した強制競争入札制度(CCT)は自治体の現業サービスから企画サービスまで民間業者との競争入札を義務付けた過激なものでした。民間化された部署の職員は馘首されました。また次の改革―ネクスト・ステップーとして取組まれたのが行政機構の外部化(執行エージェンシー化)でした。1988年に始められ100以上の政府機関が独立しました。さらに1990年代にはメジャー政権(1990-97)ですが公共サービスの質に着目し市民憲章(Citizen Charter)を公表して、政府の顧客志向を表明しました。これは行政評価(performance measurement)をともない評価制度が行政のマネジメント・サイクルに組込まれました。評価制度は米国でもクリントン政権(1993-2001)で国家業績評価(National Performance Review)の取組みが始まりました。

日本での取組をみましょう。CCTを参考にした取組みは公共サービス改革法として2006年に制定され、これは市場化テストとして自治体で実践されてきました。またエージェンシー化は独立行政法人法が2001年にできて日本でも100以上が独法になり、地方も独法化を進めてきたところです。これらに関連して2004年に指定管理者制度が導入されました。市民憲章に関しては日本でも顧客志向が定着し、行政評価は国・地方ともにマネジメント・サイクルに組込まれて浸透し、多くの自治体で事務事業評価が継続されています。行政の市場化はあらゆる場面で取込まれ、経営志向はだれも否定できない改革指針となりました。

2つ目の(官民の)協働化は、欧米ではボランタリー・セクターが相応の役割を担ってきたのでNPMから始まったものではないですが、政府との明確な協働化の取組みはNPMが代理人理論にも依拠していることから官民連携志向がみられます。特徴的にはメジャー政権で1992年にPFIの取組みを始めました。その後2000年に国の政策としてPPPを掲げ、地域開発に戦略パートナーシップ(Local Strategic Partnership)を創設して協働事業を支援してきました。協働化はまた地方分権化を進めました。英国の2000年地方自治法は地方自治体に大幅な権限委譲を認め自治体での協働化を推進しています。

日本でのPFIは1999年にいわゆるPFI法が制定されました。日本のPFI/PPPには批判もありますが事業の件数と事業費は増加し継続して活用されています。PPPは最近ではコープロダクション(co-production)の取組みが英国の自治体で行われています。コープロダクションとは、行政(広くNGOや専門家等を含む)と市民がお互いの資源を有効活用しより良い成果ないし効率を達成するための取組みであり、地域の障碍者支援から児童教育、成人ケア、防犯など広範な公共サービスの協働化です。

3つ目の(行政制度の)近代化は、民間化に際して行政のネットワークや公会計等の情報インフラの近代的制度への改革です。とくに公会計制度の近代化(官庁会計の企業会計化)は予算決算や監査・検査に関係し重要な取組みです。公会計の企業会計化へ最も近づけたのはニュージーランドですが、英国も1982年に自治体の外部監査機関として監査委員会を創設し3E(Economy・Efficiency・Effectiveness)監査を義務付けましたがこれに関連して、自治体会計に発生主義会計を導入しました。公会計改革は欧米から途上国まで多くの国で実施されてきました。企業会計で算定される決算書(財務諸表)は行政評価のデータとしても不可欠の決算情報となりました。そのほか近代化の取組みは、ブレア政権(1997-2005)で1999年に「政府の現代化」(Modernising Government)を打出し、新たなPPPやeガバメントを推進し行政の情報ネットワークのインフラ整備の面で近代化に貢献しました。

日本でも官庁会計の近代化は第一臨調(1961-64)から議論され、制度改革の必要性は十分に認識してきましたが実現には至っていません。そのため便宜的な企業会計化で財務会計情報を提供しているため行政評価等のデータとしては信頼性に欠け、利活用が進まない状況におかれてきました。NPMは経営志向がありますので、会計情報の信頼性は最も確保されてなければなりません。欧米が公会計改革をいち早く進めてきた理由もここにありました。

NPMの改革を市場化・協働化・近代化の視点から特徴的な取組をみてきましたが、1990年代後半頃から公共ガバナンス論が登場し民主性の視点が加わってきました。市場化は否定しないものの公共性との相克が論じられてきたのです。次回は公共ガバナンス論からNPMを考えてみましょう。

関連コラム

カテゴリー一覧へ戻る