コラム

公共施設マネジメントコラム⑪「1周回って、公共施設マネジメント」

2016.11.02

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー 池澤 龍三

いま地方自治体で取り組まれている公共施設マネジメントの流れは、再配置計画や再編計画、リニューアルやリノベーションなどの言葉に代表されるような「再○○」や「リ○○」に溢れている。

これは、社会経済情勢のベクトルが大きく変わろうとしている現代社会において、これまでの「やり方や仕組みを見直し修正する」という考え方から生まれて来ているのだろうと思う。しかしこれは、これまでのやり方や仕組みの「延長線上」から次の社会を考えようという発想である。すなわち、過去に引かれた一本の線に直線定規を当て、そのまま延長線を作図するようなものである。すなわち、そこに引かれる新たな線は、新しい鉛筆で引かれた線ではあるけれど、発想としてこれまでの方向性=ベクトルはあまり変わらないのである。

私は日本の社会というものは、これまでの歴史をみても、一夜にしてドラスティックに変化するというよりも、ドラスティックに見えて案外ソフトランディングさせることを好む性格ではないかと考えている。言い換えれば、それだけ変化に対して柔軟な対応性ができる国民性なのではないかと考えている。いや、さらに言い方を換えれば、ある程度最初からその先の姿を実は誰もが想像・覚悟していて、そこに向かって現実を徐々に調整・合わせて行っているように思えるのである。

公共施設マネジメントに話を戻して考えれば、直線定規を使って延長線を引くだけの方法論では、決して総量縮減や新たな価値の創造には辿り着けず、モチベーションが継続できないのではないだろうかと考えている。やはり人や社会は、未来のあるべき姿=ビジョンがあるから頑張れるような気がする。青臭い話に聞こえるかもしれないが、そうすることからはじめて現実を見つめられるような気がする。さらに、ちょっと気恥ずかしいが高校生みたいな言い方をすれば、人は「どんな自分になりたいか」を追い求め、大切にしているのであって、「テストで100点を取る自分」を究極目標にしているのではないと思う。100点を取る自分は、一つの方法論(姿図)であって、100点を取って周りの人から自分を認めてもらいたいという本質的欲求から来ているのではないだろうか。さらに言えば、そういう努力をする自分になりたいと追い求めているのではないだろうか。

いま若い世代の間で「1周回って…」という表現を聞くことがある。これは、以前流行ったものが今になってみると案外良いというニュアンスで使われている。そう言えば、最近のテレビから流れてくる新車のコマーシャルに使われるバックミュージックなどに、何とも昔よく聞いていたメロディーが流されていたりする。現代っ子の車離れの影響もあり、今の中高年層の車の買い替えをターゲットに、思わず気持ちが浮揚するキャッチが選ばれているのかもしれない。さらに、いま話題の2020年の東京オリンピック開催でも、1964年に比べてどうなのか、言い換えれば、1964の延長上に2020があるようなベクトルで描かれている。まさに、1周回って…なのかもしれない。

しかし、こうして考えてみると、1周回ってとはどういうことであろうか。

それは、公共施設マネジメントが直面している問題を解決する方法論として、例えばこれまでと同じように、大きな鉄筋コンクリート造のデパートを駅前に建てることによって行政サービスを提供するスタイルを続けるのか、それとも、大きな公園(パーク)のような敷地において、アウトレットのように回遊性を持たせた平屋建ての店舗が軒を並べる形で行政サービスを提供していく形に変えていくのか、これから40~50年先を見据えて考えを巡らせることではないだろうか。単純な過去への憧れや美化という延長線ではなく、一度360度宙を飛び越えて考え直してみて、「新たな未来を見つけ直す(描く)」ことではないだろうか。それは、過去を全く無視して全てを作り直すという意味ではなく、その新たな未来の姿から今を考え直してみようということである。こう書いていると、ふと坂本龍馬の「日本を今一度洗濯し候」という言葉が思い浮かんだのは、私が高知県出身者だからであろうか。(笑)

未来から現在を見つめ直す時に私が重要と考える行動原理は、スマートな発想に基づく企画力と、能動的な創造力だと考えている。Smart Management & Active Produce(SM(&)AP)である。

ちょうど今回のコラムの最後に惜しまれながら今年末に解散が予定されているアーティストの名前に近い表現が出てきたので余談として述べると…「新たな未来」における日本において重要な要素の一つに、英語で普通に外国人達とコミュケーションが図られている社会の構築がある。もし、そのアーティストの所属事務所の採用条件に通常の英会話ができることを必須化すれば、間違いなく10年後には日本は格段に英語が喋れる若者で溢れかえっているであろう。もはや英語はイヤホンから流れる音楽となっているはずである。このように、未来のビジョンを描けば今が変わるのである。

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