コラム

自治体における民間連携に関するコラム④知的財産の価値〜事業者提案制度の功罪〜

2016.11.30

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
特定非営利活動法人日本PFI・PPP協会 業務部長 寺沢 弘樹

近年、PFIやPPPが自治体経営の様々な課題を解決する「魔法の手法」としてクローズアップされているが、これらは決して魔法の手法ではない。従来型の行政運営が通じなくなる中での新たな資金とノウハウの調達手段、「生きていくための手段」である。今回は、事業者提案制度を中心に民間事業者の知的財産の価値について考えてみたい。

事業者提案制度については、我孫子市の提案型行政サービス民営化制度、流山市のファシリティマネジメント施策の事業者提案制度が有名で、これ以外にも日本各地で類似の制度がPPP手法として制度化されている。我孫子市と流山市の提案制度は、対象事業やプロセスに違いがあるものの、特定のテーマを絞らずに自由度の高い民間提案を募り、提案が採択されて諸条件の協議が成立した場合に、「提案者と随意契約すること」が保証されていることが共通項である。

これ以外の自治体では、広告など一部の提案に限り随意契約が保証されている例はあるが、基本的に事前相談などを経て民間事業者から提案受領後、行政が提案の採否を判断し「①独自性が高く他の事業者では実施できないもの=提案者と随意契約、②独自性はあるが他にも事業化できる事業者がありうる=(インセンティブを付与したうえでプロポーザルなどの)業者選考手続き、③独自性の低いもの=(価格のみの)一般競争入札」とすることが一般的である。

「非常に合理的な二段階選抜がなされている」と感じたのは行政職員であり、民間企業の方々は「それはない!」とツッコんだのではないか。(普通の)行政職員から見ると、「民間事業者からの提案を行政が慎重に専門的な観点から検証し、実施可能な形に精査したうえで公平な競争に付しているので、民間活用の良い方法だ。」という論理になる。

しかし、PPPの原則である「対等」から考えると、この制度設計は果たして正しいだろうか。民間事業者は、自らのマンパワー・ノウハウ・コストを投入して知的財産の塊である提案書を作成している。PFI法に基づくPFIなどの大型案件における提案コストは数千万円に及ぶこともあるため、失注した場合のダメージは甚大である。裏を返すと、行政は机にいながらにして数千万円の知的財産を手にしているのである。これが数社から集まれば、その価値は計り知れない。

また、行政が「提案者のノウハウを検証し、実施可能な形に精査」することも、自分たちでは創出できなかったはずの他人の知的財産がベースになっている。民間事業者の知的財産は、対価が払われることのないまま、いつの間にか行政の施策・事業にすり替わっているのである。

更に最大の問題が、行政が「特命の随意契約・プロポーザル・一般競争入札」を提案受託後、恣意的に選択できることである。民間事業者は当然に特命の随意契約を望むが、「他の事業者でも実施の可能性がある」ことを理由として改めて業者選考を実施され、挙げ句の果てに同業他社に負けてしまったら最悪である。知的財産を行政だけでなく、無償で同業他社に明け渡してしまうことは、入札における失注とは比にならないダメージを意味するが、現実の問題として、このような笑えない事例が全国的に散見される事態となっている。

これを「民民の話だから関与しない、適正な手続きで行っている、民間事業者はリスクを覚悟して応募している・・・」等の行政の理屈で片づけてしまうのは、あまりに横暴だろう。前述のように、PPPの大原則は対等である。対等とは、行政と民間事業者がノウハウ・マンパワー・資金・リスク等を相互に提供することで50:50の関係を構築することである。行政が恣意的に二段階選抜を「するかもしれない」制度設計は、民間事業者の鼻先にニンジンをぶら下げて散々走らせ疲弊させて、最後はたまたま通りかかった(まだ走っていない)見栄えの良い馬にニンジンをあげてしまうようなものである。ビジネスとしてPPPを行う民間事業者からすれば、「最初に提案するのはコストとリスクを負うだけなので損、改めて公募が出たら全社挙げて受注しに行けば良い」となる。この場合、当初の知的財産・提案コストがなく、本公募の際にはコストを抑制しつつ自社ノウハウを更に組見込んだ提案が可能となるため、後出しの方がはるかに効率的な選択肢になってしまう。

こうしたPPPの原理原則を理解しない「お上意識」で制度設計された提案制度が主流となってしまうと、日本におけるPPPは一部の志の高い民間事業者が身を削りつづけ疲弊するだけでなく、行政は既存の行政システムの中で思考停止し、一般の民間事業者も行政のために自らのノウハウを積極的に磨き、提案することは無くなってしまうだろう。

行政が特命の随意契約を敬遠したがる風潮は、筆者も公務員を経験していたので十分に理解できるが、我孫子市・流山市の提案制度で行政が購入しているものは、プライスレスな民間事業者の知的財産である。特命の随意契約は地方自治法施行令で「競争入札によりがたいもの≒プライスレスな知的財産」として可能なはずだが、敬遠の理由は過去に不透明・不正確な形で随意契約した黒い歴史、随意契約した業者のパフォーマンスが期待値以下だったトラウマ、あるいはそのような話を聞いた先入観でしかない。

 生きるための手段としてのPPP、自分たちだけでは自治体経営できないので、民間事業者の資金・ノウハウをいただくのであれば、本来は50:50ではなく、民間事業者がイニシアティブを持っても良いくらいである。どうしても現時点で特命の随意契約が難しければ、従来型行政の価値観を踏襲して民間の知的財産を軽視する表面的な提案制度ではなく、本事業の公募は改めて行うことを明記したサウンディング型市場調査に留めるのが真摯な姿勢である。

昨今では情報公開条例に基づく開示請求で、企画提案書を開示してしまう自治体もあると聞く。法律の専門家ではないので法的な解釈はわからないが、行政は提案制度の公募要綱で「知的財産を保護するため提案書は一切開示しないこと」を明記し、問題が発生したら法廷で戦う位の気概が必要ではないか。

単年度会計・現金主義の価値観では、減価償却費・知的財産など「目に見えない」コスト・価値を見出すのは困難かもしれないが、こうした価値観を醸成し、対等の意味を理解していくことで、行政は生きる術を身につけることができるだろう。

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