コラム

自治体財務書類の活用を英国の実践から考える(1)日英の地方財政の厳しい現状をみる

2019.01.28

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

今回から5回にわたり、自治体の財務書類の利活用をテーマに書き綴ってみます。自治体の財務書類はこれまで、導入から十数年が経過してもほとんど決算書として利用されなかったのですが、総務省は平成26年に公会計基準を統一するなどしてその利活用を促してきました。しかし実際には、現場でも作成しているがほとんど利用されていないのが実情です。そこでこのテーマについて、すでに財務書類(Financial Statements)が定着している英国において、財務書類が映し出す地方財政の現状をサーベイしたうえで、財務書類の利活用の状況を紹介しわが国での方途を探ってみます

はじめに、わが国と英国の地方財政の現状をみましょう。わが国の現状に関しては、自治体財政健全化法が2008年に施行されてから5年で夕張市を除きすべての自治体は「健全団体」となりました。自治体では健全化法で実質収支と公債費負担を集中して改善させました。国も地方財政計画で必要な一般財源を保障する一方で公共投資を抑えてきました。その結果、収支は改善し地方債残高はピークアウトし公債費は低下してきました。しかし実際に財政が健全と感じている行政マンは少ないはずです。その要因は、社会保障関係費が年々増え続けていることです。公債費が低下する一方で扶助費(民生費)の割合が高まっています。経常的な収入でどの程度経常的な経費を賄っているかの比率である経常収支比率は多くの自治体で90%を超えて高止まりし、財政構造は年々硬直化しています。また決算収支が赤字を余儀なくされている自治体が再び登場しています。地方財政はアベノミクスの恩恵を受けて健全の様相を呈してきましたが、実際には危機と言わないまでも、止まらない少子高齢化は社会保障関係支出を押し上げ、さらに老朽化した公共施設の整備は待ったなしで今後に多額の投資資金が求められます。2,3年の内に再び「早期健全化団体」が登場するのではないかと懸念されます

一方、英国の現状をみますと、こちらは危機的な状況に直面しています(例えば、英国財務公会計士協会(CIPFA)の代表は2,3年で半数が破綻状態と予測2018.2.7、関連記事は『地方財務』2018年4月号に収載)。危機の要因として上げられているのは2つの補助金カットです。その1つは、2010年度から続く国からの補助金カットです。これまで4割以上の補助金がカットされました。キャメロン首相はリーマンショックで計上した財政赤字削減を最優先課題として強硬に歳出カットを進めてきましたが、地方財政もその対象となりました。その規模は日本では考えられません。もう1つは、周知のEU離脱にともないEUから直接に自治体に交付されてきた補助金カットです。離脱交渉は英国にとって厳しい局面に立たされていますが、自治体にとってもEUからの離脱はこれまでEU域内の自治体に直接に経済的・社会的不平等を軽減するために支払われてきた構造・投資資金がカットされる懸念があるからです。皮肉なことに、この資金で大きな恩恵を受けてきたイングランド北東部などの地域が離脱に投票していました。政府がこれに代わる資金を用意するかは不明です。カットされた補助金を補填するための財源は、唯一の地方税であるカウンシル税(固定資産税)の引上げですが、増税(税率3%以上)には住民投票が義務付けられているため容易ではありません。そのため年度中に資金ショートする自治体が出始めています。多くの自治体では行政サービスのカットを余儀なくされ、実際にごみ収集回数の削減、道路清掃の縮小、図書館やレクレーション施設等の閉鎖等々が行われ、住民がそのしわ寄せを被っています

こうした両国の現状をみますと、国と地方の政府間関係が垣間見えます。わが国の地方財政は、その規模と自治体間の格差が大きいこともあり国が地方財政計画を決めて標準的な行政サービスに必要な財源を一般財源の交付税で保障し、また健全化法で事前に危機を回避する制度を設けています。温情的な国(総務省)がその立場からですが地方財政の健全化を図っています。これに対して英国の地方財政は、規模と格差はわが国より小さいですが地方財政計画も財政健全化法のような制度はありません。財源の多くは国が一方的に決める特定補助金で一般財源は地方税のみで平均で2割程度と少く、財政的自治は極めて限定的です。国は地方を担当する住宅・コミュニティ・地方政府省(総務省に相当)も地方との交流はありません。英国の政府間関係は、わが国から見れば国は非情とも映るかもしれません。

英国の地方財政は国会(ウエストミンスター)のもとで管理統制されてきました。かつてサッチャー首相がロンドン都庁(GLC)を廃止させたことからも窺えます。しかしこうした集権的な特徴がある一方で、わが国では英国は‘地方自治の母国’と評してきました。言い名づけの真意はさておき、地方自治の母国と言わしめたのは少なくとも財政的な自治ではないはずです。では行政的自治かというと、これも権限踰越(Ultra Vires)の法理があり自治体の行政権限を限定してきました。では地方自治の母国はどこにその根拠ががったのか。英国は議会制民主主義の発祥の地です。自治体の予算は議会が編成から執行・決算の責任を負っています。英国の自治体がカウンシル(council)と呼ばれるのも議会に全ての責任があるからです。

集権的と見なされてきた英国の地方自治ですが、ブレア労働党政権で連合王国の分権(Devolution)が2000年に初めて実施され、また個別授権しか与えられていなかった自治体に2000年の地方政府法(Local Government Act 2000)で少しですが包括的な権限が認められ、さらに2011年には地域主義法(Localism Act 2011)が制定されて権限踰越の法理は消滅したとさえ評されました。地方自治の母国に向かっているように見えますが、財政的自治はまだ厳しい状況です。次回は具体的な財政運営と決算書の事例を見てみます。

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