コラム

ゲーム理論で俯瞰する公的部門の問題④「保育所の割り当てとマッチング理論」

2017.02.23

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
首都大学東京 客員研究員 河重隆一郎

2016年アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞は「契約理論への功績」が認められてOliver Hart氏とBengt Holmstrom氏とに授与された。
連載の第1回目で取り上げた公的企業の問題は、不完備契約理論と呼ばれる比較的新しい契約理論の問題で、契約がうまく書かれていない場合について、制度や法律がどのようにその不備を補うのかが研究のテーマになっている。[3]Hart et al. は公的企業の問題についてのHartの研究である。

さて、今回は保育所の利用調整について考える。利用調整というのは、各児童と保育所等のマッチング(組み合わせ・割り当て)のことで、わが国では自治体(市町村)単位で児童毎に入所先の志望順位を収集し, 各児童に保育優先度に基づいた優先順位付けをし、各児童と保育所等のマッチングを行うことになっている([1]内閣府)。

このような人や財のマッチングを考えるときに、より良い組み合わせや割り当てを見つけるための理論がマッチング理論である。保育所のマッチング問題は「1対多マッチング」と呼ばれている問題の応用で、一方(児童)がひとつの相手(保育所)とだけマッチし、もう一方(保育所)が複数の相手(児童)とマッチするような問題のことである。

わが国の保育所の利用調整の場合、[1]内閣府ではパターン1とパターン2と名づけられた2種類のマッチング方式が示されている。さらに、パターン1を推奨するものの「3歳以上児に係る待機児童が0人又はそれに近い状況である市町村については、3歳以上のみをパターン2の方法に委ねることも可能」として、自治体が方式を選択できるとある。
ただし、「入所先が決まらない保護者を生む可能性が高い」としてパターン2は不適切であるとしている。これが、待機児童が存在しない市町村に限り、パターン2の選択を許可する根拠となっているようである。

しかしながら、たとえ入所先が決まらない児童(保護者)を生まなかったとしても、パターン2には問題があることがわかっている。なぜならパターン2は、常に「良いマッチング」を導くとは限らないからだ。
このパターン2と内閣府が呼んでいる方式の概略は、まず、各保育所がそれぞれの保育所を第1志望にしている児童の中から合格者を決める。ここで行き先が決まらなかった児童は、第2志望の保育所に空きがあればその保育所に割り当てられる。以下, 全ての保育所の定員が埋まるまで志望順位を繰り下げながら割り当てを繰り返していく。以下では、このパターン2を「早い者勝ち方式」と呼ぶことにしよう。

ところで、「良いマッチング」とはどのような状態を示すのだろう。それは、第一に安定的であるということであり、第二に耐戦略性があるということである。保育所の事例では、安定的とは、マッチングが決まった後に、ある児童が行きたかった保育所にその児童より優先度の低い児童が入所しているような理不尽が発生しないことを意味する。一方の耐戦略性とは、虚偽の志望順位を申告することによって得をするような児童が存在し、正直に申告をした児童が割りを喰うことがないようにすることを意味する。

このような理不尽が制度に対する不満を生むことは想像に難くない。また、人気保育所を志望順序の上位に記載することがハイリスクになると考えて、本来の志望順位を申告しないという戦略的行動を保護者がとる可能性は十分にある。保護者にすれば、不確実な噂話で疑心暗鬼にかられたり、情報収集にともなうコストの発生は明らかに負担であろう。一方、自治体にとっても、制度に対して住民が不審感を持つことや正確な住民の志望順位を入手できないことは望ましいこととは思われない。そこで、本稿では早い者勝ち方式が「良いマッチング」を導かないことを示そう。

ここに6人の児童がいるとする。それぞれ一郎・二郎・三郎・四郎・五郎・六郎と名づけよう。保育所は4つ(A~D)があり、AとBの定員がそれぞれ2名ずつ、CとDの定員がそれぞれ1名ずつとする。各保育所での各児童の優先順位は、基本的に児童は名前の数字の順にしたがい、数字が小さいほど優先順位が高いものとする。
つまり、一郎は二郎より優先度が高く、二郎は三郎よりも優先度が高い。ただし、四郎と五郎は保育所Cに兄弟姉妹がいるために、他の児童よりも優先的にCに入所できる。また、六郎は保育所Bに兄弟姉妹がいるために、他の児童よりも優先的にBに入所できるものとする。

各保育所の優先順位は以下のようになる。
表 1 各保育所の優先順位

1位 2位 3位 4位 5位 6位
A 一郎 二郎 三郎 四郎 五郎 六郎
B 六郎 一郎 二郎 三郎 四郎 五郎
C 四郎 五郎 一郎 二郎 三郎 六郎
D 一郎 二郎 三郎 四郎 六郎

また、各児童の志望順位は以下のとおりとする
表 2 各児童の志望順位

1位 2位 3位 4位
一郎 C D A B
二郎 C D A B
三郎 A B C D
四郎 C B A D
五郎 C A D B
六郎 B A D C

まず、早い者勝ち方式でマッチングを行い、問題点を明らかにしよう。早い者勝ち方式では以下の4段階のステップで志望順に早い者勝ちでマッチングが決定する。
第1ステップでは全員が第1志望に出願する。一郎、二郎、四郎、五郎がCに出願し、三郎がAに出願し、六郎がBに出願する。優先順位にしたがって、三郎、四郎、六郎の入所が決定し一郎、二郎、五郎は拒否される。

A 三郎
B 六郎
C 四郎
D

第2ステップでは一郎と二郎が第2志望のDに出願し、一郎の入所が決定して二郎は拒否される。五郎が第2志望のAに出願し、五郎の入所が決定する。

A 三郎 五郎
B 六郎
C 四郎
D 一郎

第3ステップで二郎が第3志望のAに出願するが、既に定員が埋まっているので拒否される。
第4ステップで二郎が第4志望のBに出願し、二郎の入所が決定する。最終的なマッチングは以下のとおりとなる。

表 3 早い者勝ち方式の結果

A 三郎 五郎
B 六郎 二郎
C 四郎
D 一郎

志望順位によれば、二郎にとっては入所が決定したBよりもAの方が好ましい。さらにAの優先順位によれば、入所が決定している五郎よりも二郎は優先順位が高い。この結果は二郎にとって理不尽な結果と言える。つまり早い者勝ち方式は、安定的なマッチングを導いていない。

次に、内閣府が推奨している方式であるパターン1を用いると結果はどうなるであろうか。パターン1の方式は、マッチング理論で「受入保留方式」と呼ばれている方式で、各ステップでのマッチはあくまでも「仮受諾」として、最終的なマッチとして決定しないところにその特徴がある。では、受入保留方式を用いるとどのようにしてマッチが決まっていくのかを見てみよう。
第1ステップで全員が第1志望に出願する。一郎、二郎、四郎、五郎がCに出願し、三郎がAに出願し、六郎がBに出願する。三郎、四郎、六郎が「仮受諾」され、一郎、二郎、五郎は拒否される。

A 三郎
B 六郎
C 四郎
D

表の名前の下線は「仮受諾」を意味する。
これ以降のステップでは「仮受諾」を得られなかった児童が、まだ拒否されていない保育所の中から最も志望順位の高い保育所に出願する。
第2ステップでは、一郎と二郎が第2志望のDに出願し、一郎が「仮受諾」され、二郎は拒否される。五郎がAに出願し、五郎が「仮受諾」される。

A 三郎 五郎
B 六郎
C 四郎
D 一郎

第3ステップでは、二郎が第3志望のAに出願する。すでにAに「仮受諾」中の五郎よりも二郎は優先順位が高いので、五郎の「仮受諾」がキャンセルされて二郎が「仮受諾」される。この「仮受諾」がキャンセルさせる仕組みが「受入保留」と呼ばれる由縁である。

A 三郎 二郎
B 六郎
C 四郎
D 一郎

第4ステップで五郎が第3志望のDに出願するが、「仮受諾」中の一郎よりも優先順位が低いために拒否される。
第5ステップで五郎が第4志望のBに出願し、「仮受諾」される。
全ての児童が「仮受諾」されたので、最終的なマッチングは以下のようになる。

表 4 受入保留方式の

A 三郎 二郎
B 六郎 五郎
C 四郎
D 一郎

早い者勝ち方式を用いた場合の結果(表3)と比較してみると、二郎の結果は改善していて志望順序と優先順位とを考え合わせたときの理不尽は生じない。
では、いま仮に二郎がウソをついてD、C、A、Bという虚偽の志望順序を申告したとしよう。

1位 2位 3位 4位
一郎 C D A B
二郎 D C A B
三郎 A B C D
四郎 C B A D
五郎 C A D B
六郎 B A D C

早い者勝ち方式を用いると、第1ステップで二郎はDに出願して入所が決定する。

A 三郎
B 六郎
C 四郎
D 二郎

以下、第2ステップでは、一郎が第2志望のDに出願して拒否される。五郎が第2志望のAに出願して入所が決定する。第3ステップで、一郎が第3志望のAに出願して拒否される。第4ステップで、一郎が第4志望のBに出願して許可される。
最終的な結果は、

A 三郎 五郎
B 六郎 一郎
C 四郎
D 二郎

となる。この結果を表3、4と比べてみると二郎の結果は改善されているが、一郎がその割りを喰っていることがわかる。つまり早い者勝ち方式を採用した場合、虚偽の志望順位を申告するような戦略的な行動を採ることで、その参加者が得をすることがあるのだ。
一方、受入保留方式を用いると、第1ステップで、一郎、四郎、五郎がCに出願し、二郎がDに出願し、三郎がAに出願し、六郎がBに出願する。二郎、三郎、四郎、六郎が「仮受諾」され、一郎と五郎は拒否される。

A 三郎
B 六郎
C 四郎
D 二郎

第2ステップで、一郎がDに出願し、一郎は「仮受諾」されている二郎よりも優先度が高いので、二郎の「仮受諾」がキャンセルされて一郎が「仮受諾」される。五郎がAに出願し、五郎はAに「仮受諾」される。

A 三郎 五郎
B 六郎
C 四郎
D 一郎

第3ステップで、二郎がCに出願し、拒否される。
第4ステップで、二郎がAに出願し、すでに「仮受諾」されている五郎よりも二郎は優先度が高いので、五郎の「仮受諾」がキャンセルされて二郎が「仮受諾」される。

A 三郎 二郎
B 六郎
C 四郎
D 一郎

第5ステップで、五郎がDに出願し、拒否される。
第6ステップで、五郎がBに出願し、「仮受諾」される。
以上で全ての児童が「仮受諾」され、最終的なマッチングは以下のようになり、表4と同じ結果が得られる。

表 5 受入保留方式の耐戦略性

A 三郎 二郎
B 六郎 五郎
C 四郎
D 一郎

以上のように、志望順位の申告に虚偽があったとしても、志望順位を正直に申告した場合と同じ安定的なマッチングを受入保留方式は導く。つまり、受入留保方式には耐戦略性があるため、利用者にとっては、苦心をして策を弄するよりも正直が最良の策になる。

保育所のマッチングのような制度は、「良いマッチング」を導く方式を採用するべきであろう。貧弱な方式を採用することの結果は、利用者の制度に対する不審感や不満を高めることになる。したがって前回のオークション同様、行政の信頼を高めるという点において、優れた方式を積極的に用いることは重要なことであると考える。

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[参考文献]

[1] 内閣府(2014), 「子ども・子育て支援新制度における利用調整について」
[2] 坂井豊貴(2010), 「マーケットデザイン入門」, ミネルヴァ書房
[3] Hart, Shleifer and Vishny(1997), “The Proper Scope of Government: Theory and an Application to Prisons”, Quartery Journal of Economics, 112: 1127-61.

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