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公共政策&行政改革コラム⑥「市民が自立した『まちづくり』のすすめ(後編)~地域と行政がともに汗を流した具体的プロセス~」

ジャパンシステム株式会社 公共政策・行政改革ディレクター 山中 光茂

前編で書かせていただいた「まちづくり協議会」を松阪市全域に創るためには、市長就任後約3年がかかりました。当時の議会議員の方々からは「そんな組織ができるはずもなければ、創る意味もない」と繰り返し言われ、地域に説明にいった当初は「行政の下請けをするための組織をなぜ私たちが汗を流してつくらなくてはいけないのか」などと言われ続けていました。

それが、数年間で各地域に地道に創っていこうとする運動が生まれてきたのは、2つの理由がありました。一つは、「行政がこれまで以上に汗を流す姿勢を見せること」、もう一つは「まちづくり協議会が活かされるシステムを明確にすること」でした。

一つめの「行政が汗を流す姿勢」については、住民の方々に繰り返し「まちづくり協議会は決して行政の下請けでもなければ、財政削減の手段でもない」と言い続けたことからスタートしました。就任して最初の3年間、43地域ある「まちづくり協議会発足予定地域」に毎晩のように私も副市長も行政職員も通い詰めて、「みんなで集まって街を創っていく楽しさ」について話あい続けました。そして、まちづくり協議会は決して行政の便宜や予算の削減のために創るのではなくて、行政がきめ細かく分からない現実を行政が全地域一律にするのではなく、地域住民が知恵と行動を振り絞ることでより「地域の幸せ」が高まるということを話しました。そして、これまでよりも住民が汗を流す分、必ず行政も「めんどくさいぐらい汗を流す」という約束を責任を持って言い続けていきました。
実際に、行政としては地域づくりのために予算も人員も減らすのではなく、結果として地域予算を増やしながらこれまで以上に全部局の行政職員が「地域」を前提とした「行政計画」を創っていくというプロセスを踏みました。時間はかかりましたが、地域と行政が連携して各地域にそれぞれの「地域計画」を創っていきました。「地域が独自にできること」「地域と行政が連携してできること」「行政がやるべきこと」を明確に分類して、みんなが「地域の幸せ」「次の世代の幸せ」のために役割分担をしながら汗を流していく土台を作っていくことにしました。地域づくりの担当部局の職員だけが地域に入るのではなく、高齢者部局、観光部局、子育て部局、環境部局などそれぞれの職員が松阪市を一律にとらえるのではなく、「地域固有の課題」を住民と話し合いながら進めていくということを行政の大前提においた政策形成とその実施につながていくようにしたのです。

二つめの「まちづくり協議会が活かされるシステムづくり」も地域を住民によって盛り上げていく「起爆剤」として大切なものでした。いくら理念として、「まちづくりはみんなでやるのが大切なんだ」と言い続けても、それを支える土台となる「システム」がなければ持続しませんし、住民の「モチベーション」につながりません。
まちづくり協議会の基本的な財源としては、「基本割」「人口割」の要素を軸とした「交付金」を出すのですが、これまで行政各分野に分割されていた「補助金」を整理して自由に地域で仕える「交付金」に大幅に変更をしました。例えば、これまで「地区体育祭」「敬老会」「防犯灯設置」など目的別に「一律補助」が出されていたものは、地域との協議のうえで「一括交付金」に切り替えて、補助金のときのような「行政による制約」なく自由に地域独自の使い方ができるようにしました。また、これまで「行政事業」として行っていたものを「地域事業」として行ってもらう際には、「特別交付金」を付与しました。例えば、「火葬場の管理」などは行政で非効率な経費が発生していたものを「まちづくり協議会」に移管することで地域としても十分な財源のもとで自主運営ができるようになりました。
敬老事業も行政が「中途半端な芸能人」を呼んだ敬老会実施や「あまり欲しくない敬老記念品」を配ることをやめるかわりに、各地域で個性のある「地域敬老会」を地域主導で行ってもらうことで参加率も満足度も大幅にあがることになりました。

また、年にいちど「まちづくり発表会」を行うことで、「地域交付金の加算」のシステムを創りました。特別審査員と参加した住民全てが審査員となるなかで、「優れた地域づくりへの投資案件」を発表いただいた地域には、行政からの予算の計上と行政が公募した「企業スポンサー」がついてもらえる仕組みとしました。単独のまちづくり協議会としての政策の部門だけでなく、複数地域の協力事業部門や地域貢献するNPOやボランティア団体を応援する部門も創りました。
例えば、海岸地域が連携して住民への防災意識を喚起するマップや看板設置を行う事業などは、行政が同じことをすれば何十倍のお金がかかる事業ですが、住民が手作りで看板を創ったり、設置作業をすることで、わずかな行政や企業の支援によって住民意識をたかめながら事業を進めていくことができました。
また、山間部と海岸部の地域が連携することで、異なる地域の地域ブランド振興やお祭りの人的交流事業など地域を越えた住民の温かさが生まれる事業などもでてきました。

行政に事業をしてもらうのではなくて、「自分たちがここまで頑張るから行政もバックアップしてよ!」という意識が高まってくるなかで、毎年各地域が発表をすることは他の地域にも大きな刺激となり、同様の前向きな事業が全地域にも広がっていくきっかけとなりました。
また、マックスバリューや地方銀行など地域に根ざした様々な企業がスポンサーとなることで、企業も各地域に強い関心を持つようになり、従業員の方々が地域行事に積極的に参加をするようにもなりました。もちろん、地域密着型の企業の社会的評価が住民から高まることにもつながりました。

行政としてのまちづくりへの関わりはあくまで「枠組みづくり」と「ともに汗を流す姿勢」だけであり、主役は当然「地域」であり、「住民」です。ここでは、具体的な政策内容も実際に汗を流したその思いも書ききれないのですが、全ての地域にまちづくり協議会がたちあがったときには担当していた職員は一目をはばからず、感動で涙を流していました。その後も多くの行政職員が土日などにボランティアで地域住民とふれあい、楽しみながら汗を流す姿がひろがっていったことはとても嬉しいことでした。

私が市長としてもっとも幸せを感じていた瞬間は、地域で市民と一緒に考え、一緒に汗を流して、そして一緒に笑い、ときには涙を流しあった、そのときでした。決して派手ではなく、メディアにも取り上げられるものでなければ、記録にも残らない、でも本当に大切な瞬間であり、すこしずつ地域や街が変わっていく瞬間を感じることができたのでした。

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