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公共施設マネジメントコラム⑥「『こどもの声は騒音と言われる世の中』からのシフトチェンジ」

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー 池澤 龍三

先日のニュースに、「計画されていた保育園が周辺の住民からこどもの声は騒音との訴えを受け、開園が断念された。」との記事が掲載されていた。

もちろん、周辺住民の皆さん(ただし、その「周辺住民」とはいったい具体的に何人の方々なのかは知らないが・・・)にとっては、騒音という理由だけではなく、交通渋滞の問題や災害時の避難の問題等々、あくまでも子ども達の安全性確保のためにも様々な観点を考慮の上反対されたのだと信じている。

筆者も昔自治体職員の頃、ある小学校の新築工事に当たり周辺住民への説明会を行った際に、周辺住民から「小学校での運動会練習の音がうるさいから建設に反対」と言われたことがある。正直、私はそのとき言葉を失った。少なくとも私よりも数十年人生を長く生きて来られた大先輩の言葉とは到底信じ難かった。「そ・う・な・ん・で・す・か・・・」とただただ曖昧で引きつった笑いを浮かべ、自らの顔の表情が崩れて行くのを覚えている。何とも言いようのない切ない思い出である。

記事では、こうした状況は、今回話題となった自治体に限った話ではなく、全国的には他にも同様な事例はあるとのことであった。ただし、多くの場合、色々な条件を提案・改善する中で建設にこぎつけているケースが多く、今回のように建設自体を断念するケースは希少とのことであった。

この問題は、単に保育園や学校などの建設に限ったことではないのであろう。例えば、自分の家族に何かあれば救急車は1分でも早く駆けつけろと人々は要望する反面、消防署が自宅近くにあっては困ると主張するのである。そこで行われる日々の訓練やサイレンのテスト音は迷惑な存在なのである。

現在、多くの自治体において公共施設等総合管理計画が策定され、その個別具体の計画が検討されるにつれて、地元への説明の機会も増えて来ている。昔と違い、お役所が決めたことを上意下達方式で住民に伝え、事業を執行することは許されない状況である。あくまでもその途中の説明責任(アカウンタビリティー)を果たさなければならないのである。つまり、プロセスというものが重要視されている時代である。

ここが、住民主権上、非常に重要な視点であることに間違はないと思う。がしかし、このために、地元住民の理解が得られず、公共施設等総合管理計画の個別計画が一向に進まないという自治体が多いのも事実である。この点については、非常に疑問や課題が残る。

というのも、先に引き合いに出した保育園の建設中止の問題を考えた場合、「住民意志」とはいったいどういうものかについて、各々の自治体が強く考える必要があると思うからである。

いま、多くの自治体でワークショップと称した住民合意のためのプロセス会議が実施されているが、そもそもそこでの参加者は、お互いが違う意見を持ち合っていることを理解し合って参加しているであろうか。あるいは、主催者である自治体は、そのワークショップの最初の席で、そのことをしっかり参加者に伝えているであろうか。

もっとわかりやすく言えば、こうしたワークショップへの参加者の皆さんに、あえて自分達の肩書きや立場を忘れること、お互いを批判しないこと、あるいは愚痴や文句を言わずに楽しく議論すること、と言った原則的なルールをしっかり伝えているであろうか。自治体にとっては、実は、こんなことを言うことさえ、勇気がいるのではないだろうか。ヘタに言うと、「地元の大きな声に反発される」と心配しているのが現実ではないだろうか。今の日本の自治体は、こうした一方的な受け身の存在に追いやられているのかもしれない。果たして、多くの説明会では、説明者(自治体職員)VS住民という構図が出来上がってしまう。そして、アッという間に、上記のような、「周辺住民の反対を受け・・・」という形が作られてしまうのである。

私は、以前、ほんの一瞬ではあるが、米国オレゴン州ポートランドの大学で住民自治の様子を見た経験がある。ある平日の夜、住民達が地元の教会に集まり、町のゴミ出しの方法について話し合っているのである。内容がどうのこうのではなく、私はそのやり取りにお互い遠慮がないことに驚いた。その時に感じたのは、まさに参加者間には皆ダイバーシティであることが根っこから身に付いており、だからこそ、お互いが公平に自分の意見を言い合える場所が必要であることが分かっている。考えてみれば極々当たり前の土壌がそこにはあるのである。

今後、日本においては、プロセスの中での表面的なアカウンタビリティーを小難しく訴える前に、上述した愚痴や批判や文句ではない住民同士が会話する風土を作り出していくことが重要であると思う。先ずはそこからではないだろうか。

自治体職員VS住民という二極対立の構図ではなく、ファシリテーター(米国での例では牧師)を間に挟むことで住民同士が向き合う体制へのシフトチェンジが起こせるかが今後の公共施設マネジメントのカギになると思う。

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